百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春 (女性文庫)
沢部 ひとみ学陽書房
湯浅芳子が20代終わりから30代にかけての数年間を二人がつきあって別れたという事実は読む前から知っていたから、ずっとなんで別れたんだろう?なんで別れることになるんだろう?という疑問への答えを探しながら、一気に読み終わってしまった。
なんといってもここに描かれた湯浅芳子は、かっこいい。特に初めの頃の手紙のやり取りから見える、率直で繊細なところには、はっきり言って惚れる。盛り上がっている最中に、「どうも考えて見るのに、私はあなたの空想にまつり上げられ、分にもなくいい気になっていたところがあったようで実に厭だ」というあたり。
芳子はきっぱり自分の性的指向を正面から受けて立っていて潔い。もちろん彼女が「女」らしくはなく、短気で我ままだったことは当時もっと褒められることじゃなかっただろうけれど、私はこう生きる/生きていくしかない、という覚悟を決めた生き様に私は強く惹かれた。
実を言うと、これは日本にあったレズビアンの恋愛を描いたノンフィクションだ!とこの本のどこかに書かれているんじゃないかと、私は期待しながら、読んでいた。確かにそうでしかないけれど、あえて書かないとこの筆者は決めているようだ。それでは分かる人には分かるけれど、分からない人にはきっと気がつかれない。強い愛情関係が二人の間にあったという婉曲な説明では、「レズビアン」がありえると思ってない、昔から存在していたし今現在存在しているとは思ってもない人は、そこに性的なものが存在したことを(最後にはうまくいかなかったとしても)見逃してしまうと思うから、レズビアンの読者である私は、書いて欲しかったのだ。ああ、今だったら「自然」じゃないことなんていくらでも言い返せるよ。
子供たちは森に消えた (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ロバート カレン早川書房
ですが、この本が全てにおいて一番詳しく書かれているので
はないかと思います。しかし、正直どうでもいい内容も多かった
です。担当刑事さんの経歴なんて正直全く興味ありませんでした。
こういう部分を削っていけばだいたい半分くらいのページ数で済ん
だんじゃないか?とも思います。というかチカチーロについて書いた本は
担当刑事等についてもやたらと詳しく書かれたような物が多い気がします。
なぜ!?
ただ、事件の内容等についてはかなり詳しく書かれてあるのでチカチーロに
関する本の中では一番オススメだと思います。
ウィガン波止場への道 (ちくま学芸文庫)
ジョージ オーウェル筑摩書房
構成は2部になっており、第1部は彼が過ごした下層階級生活の実態を描いたルポ。ロンドンの『どん底の人々』等著明な作家が社会の底辺に潜り込んで階級的貧困の存在を世に伝えようとした書は幾つかあるが、本書は類書の中でも最も生々しい肌触りに満ちている。これについては実際に読んでみて貰う方がいいだろう。
第2部では、「何故社会主義は支持されないのか」と云う問いによって具体的に現存する社会主義の問題点を指摘し、それを批判すると云う形で、逆説的に社会主義を論じている。直接理論的な内容を話すのではなく、彼個人の経験で得た実感を基に論を進めているので、この手の論考としてはかなり異色の出来になっている。彼によれば、問題は現在の自称社会主義者達が、労働者階級のことなど理解しない中産階級のインテリ共でしかも変人の類いが多いと云うこと、そして人生を無味乾燥にし、労働の意味を奪ってしまうであろう「進歩」や機械化と云うイメージが、社会主義そのものに対する保守的な反感を誘う、と云う点にある。要は宣伝が下手だと云うことなのだが、他の論客なら下卑た視点だとして避けて通るであろう問題に正面から切り込んでいるところに本書の特色がある。
原書は1937年に左翼図書普及会の選定図書としてゴランツ社から出されたものだが、ヴィクター・ゴランツがコチコチの社会主義者の代表と云う立場から、本論を反駁しつつ解説した「序文」を書いている。印象論を基調とする本論には明白な間違いも多いのだが、これに対するプロパガンダ的な反論も仲々面白い。
落日のモンマルトル〈下〉 (ちくま学芸文庫)
ルイ シュヴァリエ筑摩書房
60年代フランスというと馬鹿のひとつ覚えのように学生運動などしか語られないが、当時の
男女の恋愛の形の変遷、演劇の社会史的移り変わりや流行り廃りをここまで面白く
語っている本は他にない。
著者はアランの教えを受けコレージュ・ド・フランス教授も勤めた歴史学者。
ふるさとは貧民窟(スラム)なりき (ちくま文庫)
小板橋 二郎筑摩書房
岩の坂というと昭和5年に発覚した「岩の坂もらい子殺し」があったところで、東京中からもらい子を引き受けてきて殺したり乞食に仕立てて物乞いをさせたり、少し大きくなったのは女は娼婦にしたり、男はタコ部屋に売り飛ばしたりして処理していた一大犯罪集落、という理解だったが、この本を読んですっかりイメージが変わった。
当時の東京の下町ならどこでもありそうな出来事、どこでもいそうな人々、貧しき中にも日々織りなされる哀歓を描いている。結局貧民窟といっても、外から眺め回すのと、内で生活しているのとではまったく違うということだ。
多分、これは上流階級の世界でも同じだろう。
現在の板橋本町はどうということもない普通の町である。縁切り榎だけ昔のままだ。
本書に出てくる商店の屋号もいくつか確認できる。
しかし、今ここに立って往時を想うとき、感慨深いものがある。